「大人の脳も成長している」という発見で注目される久恒助教授は、親しみやすい文章で脳を育てるための方法を解説し、多くのファンを獲得している。今回は脳科学の見地から、独自の個別指導システムで知られる四谷学院での指導法について、評価をうかがった。
プロフィール:久恒 辰博
東京大学農学部卒。現在東京大学大学院_新領域創成科学研究科_先端生命科学専攻_細胞応答化学分野助教授。 著書として、『絶対成功する「ヒラメキ脳」のつくり方』『ベストな脳の育て方』『「幸せ脳」は自分でつくる』ほか多数。
インタビュアー:四谷学院教務部部長 栗山潔(東京大学理学部数学科卒)
”脳“が良い状態にないと、長時間の学習もムダになる
栗山 先生は「おとなの脳も、海馬では新生ニューロンという神経細胞が増えている」ということを突き止められました。海馬にはどのような機能があるのでしょうか。
久恒 今から50年くらい前ですが、てんかんを治すために患者さんの脳から両方の海馬をとってしまったというケースがありました。そうすると、てんかんの発作はおきなくなったが、まるでものが覚えられなくなったんです。これをきっかけに様々な研究がなされて、海馬に大きなダメージが加わると記憶ができなくなる、ということがわかってきたのです。
「いくつかの単語を覚えてもらって一定時間の後に思い出させる」という実験を行ったところ、海馬の活動が良好なときに”覚えた“単語は、うまく思い出せることがわかりました。ですから、状態が良くない時に無理やり「覚えろ」と言ってもムダなことは実験的にも示されているわけです。
栗山 いかに脳がいい状態の時に勉強するかが大事だ、ということですね。
脳の成長にストレスは大敵!
久恒 かつては、脳というのは変わらないか、または悪くなる一方だと思われていたのですが、海馬で新しいニューロンが生じていることが発見されて、脳が良くなる可能性があることがわかってきました。そこで世界中の多くの研究者が「どうしたら脳が良くなるのか」という研究をやり始めたんです。
一方のケースには回し車を入れてマウスを育て、もう一方のケースには何も入れずにマウスを育てると、回し車で遊んだマウスでは新生ニューロンがもう一方のマウスの2倍も生まれていました。ところがこれが、トレッドミルというベルトコンベアのような器械に入れて、歩き続けないと下に落ちてしまうという状況にすると、かえって新生ニューロンの量が減ってしまうのです。
回し車とトレッドミルで歩いた距離はほとんど同じです。しかし、「楽しいな」という時にはニューロンが生成されるけど、義務化されてしまうと生成されなくなる。そこで、ストレスや義務感がニューロン生成に良くないのではないか、と考えられます。
また別の実験ですが、ネズミは赤ちゃんの時に3週間くらいお母さんと一緒に過ごすのですが、これを中断してみると、その影響が大人になってからの脳の状態に出てくることがわかってきました。脳というのは、精神的な要素で成長したり成長が止まったりと、育てられ方によってずいぶん違ってくる組織ではないかと思います。
「できた!」という快感を与えてあげることが、子どもを伸ばすポイント
久恒 海馬は、扁桃体や視床下部という感情を調節するような部分と非常にタイトな神経伝達があります。海馬の働きが高まっている時は、”うつ“の状態になりにくいという研究があるんです。
栗山 視床下部・扁桃体という情感に関わる器官と、記憶をコントロールする海馬には強い連絡があって、お互いに大きく影響しあっているんですね。
久恒 そういうことです。「算数が得意だ」という子がいたとして、”好き“という気持ちが出ているときは扁桃体が良い状態にあるんですね。そうすると難しい問題があっても、好きだからやってみようと思う。やると結構大変だけど、解けちゃう。解けてみると、それはもうとてもとてもうれしくて、脳にとってはこの上なく心地よい状態になりますね。これが「難しい問題でもやってみると解けた。算数は楽しい」という扁桃体へのフィードバックにつながるわけです。脳というのは感情に非常にコントロールされるんですね。
勉強でいうと、”得意“という意識を持てれば、少しでも手伝ってあげることによってその科目の成績をどんどん伸ばすことができますね。難しいのは「苦手意識をどう克服するか」という部分でしょうね。
栗山 四谷学院では55段階システムという指導法で生徒を指導しています。このシステムでは、生徒にいきなり難しすぎる課題を与えるのではなく、きちんと勉強すると解けて、なおかつ解けるとうれしい問題を、生徒の学力段階に応じて与えるように工夫しています。先生の本にも”「少しだけ難しい」課題に取り組む“というお話がありましたが、「少しだけ難しい」課題を与えてそれをクリアできれば、「できた!」という快感を与えることができるんですね。
久恒 難しい問題を考えていて答えがなかなか出ない時に脳がどういう状態になっているかについて、光トポグラフィーを使って調べたことがあるのですが、こんなときは前頭葉付近の活動がどんどん上昇していくことがわかりました。そこで、ヒントを与えて本人が「あっ」とヒラメいた瞬間に、活動がサーっと下がるんです。たぶんその落差が快感になっているのではないかと思います。
「ほめる」ことで、子どもの脳が活性化する
栗山 ほめることの効用に関して、先生は「計算ドリルは、計算が脳の前頭前野を活性化することに加えて、先生や両親からほめられることの効果が大きい」と書いていらっしゃいます。
久恒 大事なのは、「心の底からほめられているんだ」ということを子どもが感じることなんですね。右脳には、表情を読み取る力があり、微妙な表情の変化でも逃しません。
栗山 教える側にとって一番大事なのは、子どもの成長を一緒に喜んであげることなんですね。 四谷学院の55段階では、各教科の内容を小さなブロックに細分しています。一つのブロックを完成できたら、先生が段位表にシールを貼ったりスタンプを押したりして、シールやスタンプが増えたことを一緒に喜びます。そうすると、生徒もできたところが増えていくのを喜ぶことができるんですね。
久恒 意欲を高め、学力をつけるという面からすると理想的なやり方だと思いますね。小学生も受験を考えた指導なんですか?
栗山 基礎学力的な部分から受験までをカバーする形になっています。 受験にはもちろん他者との競争という部分があるのですが、そこだけが全面に出てきてしまうと、生徒は周りと自分を比較してコンプレックスを持ってしまう。周りとの比較でなく、自分の成長を生徒さん自身に感じ取ってもらえることが、一番いいことなのではと思います。
久恒 55段階には伸びる喜びがあって、いいですね。